セイジン

成人の日、18歳ですか、20歳ですか、それとも30歳?
いつまで経っても少年のような心は持ち続けたい、何度目かの成人おじさんです(笑)

それぞれの成長スピードがあるから、ひとまずの目安のようなもんです。たぶん・・・法律的には決まっているから、なんとなく「大人」の感じはありますが、80歳を超えても「こども」な人々もたくさんいるので、本当の意味での「大人」ってなんでしょうね。

産まれてきて、いろんな経験をして、知識を得て、いろんなことを考え感じ、それぞれの「今」がありますね。
今までの時間をかけて「成熟」していますか?私はまだまだ足りません(笑)
何度の成人を迎えても、なかなか本当の「大人」にはなれていない気がします。とはいえ、自分自身でそれに気がついているので少しは良いんじゃないのか〜?と言い訳しています(笑)
成人を重ねて「聖人」を目指したいですが、途方もなく遠いようです。

まだまだ色んなことに「挑戦」して、自分に合う「形、色、大きさ」、自分の好きな「ポーズ・姿勢」を見つけながら、縁あってご利用いただく皆さんに、いい「しあわせ」をお届けしたいな〜と思っている「七宝焼星人」です。ちなみに、S78星雲から来ている星人です。とこんなことを書いているので本当の「大人」ではありませんね(笑)

それでは、新成人のみなさま、何度目かの成人のみなさま、おめでとうございます!
それぞれの「しあわせ」ポーズ、サイズ、カラーで、周りのみなさんを「活かしながら、みんなでしあわせ」になりましょうね!

「ミニ・ウォール・TEN・W/みんなでしあわせ みんながしあわせ」

みんなでしあわせ みんながしあわせ〜流木スタンドセット

しめまして、おめでとうございます。

2024年ももう終わり「しめましておめでとうございます」
2025年が始まります「あけましておめでとうございます」

1年の始まりが「めでたい」なら、終わりも「めでたい」です。というか「日々、毎日」が「めでたい」です。
同じ日はありませんから、その日その日が「宝もん」ですね。2025年も毎日もキラメキとカガヤキとイロドリがたくさんありますように!

24年前の年賀状を探していました。データで見つかりました。当時、初代iMac(タンジェリン)のクラリスワークスで作ったものです。個人の年賀状ですが、当時も遊んでいます。


私自身は非常にいい出来ばえだと思っていますが、当時は賛否両論でした。否の方が多かったような(笑)
今でもユーモアあると思っていますが、24年経っても「成長」していないのでしょうか(笑)

いろんな「価値感・価値観」があるので、賛否両論どころか、いろんな感想・意見があっていいです。その方がオモシロイです。

1番目のペンギンも10番目のペンギンも100番目のペンギンも、それぞれ違う方がオモシロイです。
空を飛べるようになったペンギン、チーターより速く走れるペンギンがいても、そうなってもいいじゃないですか〜
もちろん、飛べなくても速く走れなくてもいいです。「〜ても」じゃなく「〜から」いいんです。そう思います。そう考えます。そう感じます。

他者からどう見えようと、成長していないように見えようとも、自分自身の「価値感」を軸に「日々の宝もん」を大切にして、静かに「脱皮」を重ねてゆきたいな〜と思います。
それでは、みなさんにとっても良い「ウン」のくる「キバリ」がありますように!

コウテイペンギン〜それでいいんだ とべないからいいんだ

ファースト、First、Primero

2024年もあと半月、でもあと半月。まだまだいろんなことがありそうな・・・いいことであればイイですね!

今年も、国内で、世界中で、いろんなことがありました。
「いま、ここ」にいても、すぐに各地のニュースが入ってきます。敏感でなくとも入ってきます。あえて耳も目も塞いでも入ってきます。塞いでるつもりでも、ちょっとだけ覗いているんでしょうか(笑)

「〇〇ファースト」という言葉が、「フツウ」になりました。
8年ぶりのアメリカファースト、都民ファースト、アスリートファースト、お客様ファースト、ユーザーファースト・・・業界や界隈、世代によってとらえ方は異なるでしょうが。
ちょっと怖いな〜なんて感じます。その思いは年々増しているようにも感じます。

モノもコトもヒトも世界中を翔けめぐる時代、それぞれに関わりをもち、バランスを保ちながら、なんとなくうまく成り立っていると思うんですが、考えが浅いのでしょうか、甘いのでしょうか、お尻が青いのでしょうか(笑)

もちろん、まずは「自分」がないと始まりません。「自分、自分たち」は大切です。これは前提です。それをわざわざ「ファースト」と言葉を強めちゃ、バランス崩すような感じ。

世界中にも「目や耳」や「触角」を向けて、「みんな」が「しあわせ」であるように努めたほうが良いように感じます。「今」の時代だからこそできるような気もします。

普段、食している食べ物も、住んでる家も、乗っている車も、着ている服も、使っているスマホも、なにもかも世界中と関係してます。

地球がわが家だと思えば「みんなファースト」になれるのにと「青い尻」丸出しで、ヤドカリが叫びます(笑)Todos Primero(トードス・プリメロ)!カリメロじゃないです(笑)

素敵な今年の残りでありますように!

Love & Peace Earth is Our Home / YADOKARI, Hermit Crab

一日一笑一生

11月11日はなんとなくめでたいです(笑)
メキシコでは11月に「死者の日」があると。日本の「お盆」のような感じでしょうか。

日々なんとなく「死」は忌み嫌っていることが多いですよね。
何処かで誰かが亡くなったニュースを目にすることも多いのに、毎日すぐそばで感じることは、多くの人はあまりないですよね。

産まれてきたら必ずある「死」ですから、避けることなく、真っ正面から感じておくことが大切なんだよと、教えてくれているようにも思います。

「一日を一生のように過ごすと貴いよ」と、どこかの偉い方がおっしゃっていたような・・・誰が言っていたかすぐ忘れます(笑)

日々しんどいこともあっても、笑って生きて行きたいですね。一日一笑一生です。

ガイコツくん〜わらっていきて、わらってしんで

おバカちゃん

そんな馬鹿な!バカなこと言って!ばかみたい!馬鹿力、親バカ、バカ野郎、釣りバカ・・・
良くも悪くもたくさんの「馬鹿、バカ、ばか」が日常で使われてますね。

20年ほど前に「バカの壁」(養老孟司さん)という本が話題になりました。私もバカの一人として読みました(笑)
内容の記憶はほぼもうなくなっていたので、再度読もうと探しましたが見つからず・・・図書館で借りて読みました。

当時の記憶がよみがえりながらも、20年越しに読むとまた違った印象、感想、気づきがあります。

近頃ニュースや記事でよく目にします。
「読書」の機会や時間や、「図書館の利用」の機会や時間が減っているとか、「街の本屋さん」がずいぶんと減っただとか・・・

本は、書いた人の話題、考え方、物語、情報を、「とうとうと、とくとくと」一方的に伝えられるものでもあります。人の話を聞けない人が増えているっていうこととも関連するような・・・

「馬鹿」って言葉の意味は、なんとなく知ってはいます。子供のころに由来も聞きました。
「馬と鹿」を見分けられなかった人がいて、その人を「馬鹿」と呼んだ、的に聞いた記憶があります。
当時は、調べるためにわざわざ図書館に行かず、辞書で丹念に調べることもなく、現在まで「なんとなく」使ってきました。

今はインターネットですぐに「意味」は調べることはできます。
なんとなく解っていたことも間違いではなかったのですが、ちょっと違っていたり、諸説あったり・・・

もう少し深く、シンプルに解釈できるようになったと思っています。
養老さんは「一元論」という表現を使われていますが、私は「区別できない」状態やひとのことなんだろうな〜と思います。

「馬と鹿」が区別できない。
「良いことと、悪いこと」が区別できない。
「他者のことと、自分のこと」が区別できない。
「他国のことと、自国のこと」が区別できない。
大なり小なり、そういうことかな〜と思います。

自分の意見なのか、常識や世の中の雰囲気(空気)なのか、そういうことも自分で考えて答えを見つけながら歩んでいかないと「馬鹿」なんだな〜とバカなりに考えるに至っています(笑)

馬と鹿が出会って、区別なしに恋をして愛が生まれる。そんな状況も「馬鹿」でしょうか。それとも、親しみを込めて「おバカちゃん」達でしょうか?
カップルになって産まれたベビーは「馬鹿」でしょうか。それとも「カバ」でしょうか。かば(河馬)と区別しづらくて混乱します(笑)

新種の動物が産まれます。ある意味では「発明」です。「イノベーション」です(笑)

「バカの壁」を乗り越えた先には、「新しいもの・こと」が産まれるかも知れません。
「馬鹿、バカ」だと解っていながら、突き進むのも「ハッピー」かも。

それには自分が「バカ、馬鹿」だと理解していないと・・・です。そのために「学び、知ること」も大切です。やっぱり読書も大切ですね。

私たちも「七宝焼バカ」道を一直線です。

こうみれば、こうなんだ

暑い夏のピークは過ぎて、少しだけ朝晩の空気に、少し先の秋を感じるようになってるような(あいまいです。笑)
そんな、わたくし、コードネームAQUIYOSIです。
アーティストネームでしょうか。画号?雅号?作家名?ペンネーム?どれでもいいです(笑)

本名は、基本、自分でつけたり変えることができません。
今の時代、きちんと紐付けされていれば問題が起きないと思いますが、できるようになるには、まだまだ先のことなんでしょうね。

「夫婦別姓」にしてもまだまだ侃侃諤諤。そう願うなら、そうできるようにすれば良いと私自身は思います。
色々な、様々な意見、考え方があると思いますが、「価値感、価値観」の押し付けは、個人的な「嫌悪感トップ3」に入ります。その他の2個は、すぐに思いつきません・・・実質トップかも(笑)

「常識」って「価値観」のひとつですね。
時代によって変わります。というか、その時代の人が変えるものです。地球や自然、神様が用意してくれるものじゃ〜ない。
それぞれの考え方、感じ方、想い、を尊重できる社会が、私は心地よいです。もちろん、好き勝手に振る舞えるということではないです。ある程度のルールや規則は必要です。これは当たり前というか前提。

簡単にいうと「多様性」なんでしょうが、言葉のイメージ、重み、感じ方、捉え方が、それぞれ異なるから難しいです(笑)

いろんな人種、歴史、文化、宗教、立場、考え方、価値観があるので、本を読んだり、いろんな方法で学んでも、キリがないです。
「リベラル・アーツ(Liberal Arts)」は、「自由」の「技術」だと解釈すると、何から自由になるんでしょう。「常識や他者の価値観」からだと感じ考えます。

そのためには、自分自身で考えて責任をもって生きる。だれかの所為にしても意味がないです。

どんな価値観、価値感がいいですか?というか「どんなことが好きで、どんなことが嫌い」ですか?
何かに流されてもオモシロクない、いろんなミカタをしたうえで、私は自分で選びたい。

秋に向けてART作りに、ほいせっせです(笑)みなさんも好いアキのスタートを!

引き続き「さんさん、燦々」

6月、7月に引き続き、8月も燦々、サンサンの日々です。
さんさんと降り注ぐ陽光は大好きですが、暑過ぎるのも・・・欲張りです。強欲です(笑)

笑っていられません。その「強欲、欲張り」の「お陰」で、温暖化があって、異常気象になっているとすると・・・
大雨災害や熱中症も自分たちの「所為」なんでしょう。蝶が舞い、風が起こり・・・バタフライエフェクトです。

他人事じゃなく、自分事として、いろんな事に想いを馳せないと。猛暑の夏が常識になるのは「さんさん」じゃなく「散々」です。

パリの華やかな景色やアスリート方の活躍が心を躍らせます。
古い街を再生させながら新しい価値を産み出したり、一つのことを懸命に磨いて「晴れ舞台」に立つ姿をみて、見習うこと、感じることも多いです。

いろんな価値感やいろんなモノコトがある中、ぶれず、流されず、よろめかず、
自分にしかない目の前の「このとき」を観て、感じて、じっくりと「喜んで、悦んで、欣んで、歓んで、慶んで」いい夏を過ごしたいな〜と思います。

この夏、新たなワークショップをスタートする予定です。ずいぶんと遅れ気味ですが(笑)
「じっくりと」いいものにしたいと思っていますのでお楽しみに!

ないものねだり、あるものよろこび

時が進むのが早いです。もうそろそろ今年も半分な時期。
時を戻そう〜とちょっと古めのキーワードが頭に浮かびます(笑)戻せないから、焦ります。焦るといいことありません。じっくり、ゆっくり、自分のペースが大切です。

インスタグラム、X(旧ツイッター)などのSNSの積極的な使用、盛んな使い方を取り止めました。表現が難しいですね(笑)
ゆっくりと、じっくりと、見つめたり、考えたり、煮詰めること、熟成させること、ときに、発酵させることが、大切、大事なんだと思います。感じてます。

時代の流れだからと、大きなものに流されても面白くありません。
少し価値感、価値観が異なるな〜と感じることも多くなってきました。もちろん、新しいものを取り入れることやアンテナを立てておくことは大切です。

それぞれのペース、道、感じ方が異なります。私たちなりの「進め方、歩み方」で行こうじゃないか〜的な、ちょっと思いつき感も入り混じる結論です(笑)

ないものねだりより(無いもの強請りより)
あるものよろこび(有るもの喜び)
みがいてといで(磨いて研いで)
ぴっかりかがやく(ぴっかり輝く)
きみのなか(君の中)


磨き方、研ぎ方は、それぞれ、欲しいものも、在りたい姿もそれぞれ、でもたぶん、最終的には「外」にはないです。自分の「中」を輝かせることが一番の幸せに繋がります。

そのためには、適度な時間も必要です。タイパ、コスパなどの言葉では簡単に表現できない。「戻せない時」も大切な「宝もん」になるときがあります。

太陽が天高く昇る時期、私たちも空を見上げて、次のステージ、フェーズに進みたいと思います。

ではみなさまも好い時を!

春、張る。

東京では、昨日桜の開花が発表されましたね。
ここ、裏湘南、裏茅ヶ崎でも、桜の花が2輪ほど咲いていました。

まだ花になっていない蕾たちも色づいて、今咲かんばかりに、弾けんばかりに「張って」います。まさに、「春」の名にぴったりの状態です。

当工房では「銀張」「銀張有線」という技法を、主な技法、得意な技法としています。

「銀箔」を「張って」素地に焼き付け、色釉薬を重ねてゆく技法です。七宝焼にも様々な技法や手法、制作品、形状があります。

「銀箔」を「貼る」のではなく「張る」と書きます。なぜでしょうか。

制作する途中を見ていただく機会があれば分かりやすいです。
絵模様を描いた銀箔を「弛む」ことなく「張る」必要があるんです。かといって「張りすぎる」と銀箔が破れたり、絵模様が消えてしまったり、良い出来上がりになりません。

もちろん、焼き付ける時にも温度の調整が肝心です。「緩んだ」温度では、綺麗な状態で焼き付きません。
いい張り加減が必要です。緩んでも、張りすぎても、うまくいきません。

ふと思い、足元をみると「張りすぎ」が多いような・・・「頑張ります」とか「欲張り」とか「緊張感をもって」とか・・・

今ある力を尽くすこと、あれもこれもではない、少しの欲をもつこと、ここぞという時に、スイッチを入れること、ある程度の「張り」は必要だと思います。

でも「張り」すぎは、結局うまく行きませんね。
「銀張」と同じでしょうか・・・手仕事を通して、人生に必要なことを学んでいます。
自戒をこめてここに書いておきます。そんなことを感じている「張る、春」です(笑)

それでは、新しい環境をスタートさせる方は「張り切りすぎず」
しんどい時は「意地を張らず」誰かに助けをもとめて好い春をお過ごしくださいね!

銀張有線の銘々皿「咲く楽〜さくら」

羽ばたく軌跡

日々いろんなことがあります。
良いことも、悪いことも。大変なことも、喜ばしいことも。飛びあがるようなことも、沈んでしまうようなことも。前へ進んだり、後ろに戻ったり。

それでも毎日、変わって行きます。変わって行くなら、成長したい。

毎日少しずつ、0.1%ずつの変化でも、誰にも気づかれない、自分しかわからない変化、成長でも、飛べなかった者が、いつか飛べるようになることを信じて、その先に、希望、奇跡があることを信じて、変化し続ける。羽ばたく、つばさの軌跡。

いろんなことがある日々、毎日。素晴らしい、彩り、輝き、艶めきがありますように。

つばさのキセキと

迷いながら見つける路

2023年もお終い。2024年の始まり。
太陽の周りを地球が一周。また1周。その間に、いろんなことがありますね。個人でも、仕事でも、世間でも、世界でも。

今年の漢字は〜なんてニュース・記事があるけど、多様化の時代、1つの漢字では表しにくいように感じます。
「不正」が、この年末だとぴったりのような。一文字だと「歪(ひずみ・ゆがみ)」でしょうか。

政治の世界、エンタメの世界、産業の世界・・・どこもかしこも「正しくない」状態が蔓延。
元々だったのか、近頃増えたのか、わかりませんが・・・急に変わることもないでしょうから、徐々に、段階的に、グラデーションなんでしょうね。気がつくと「歪み」が生じていたんでしょうか。何十年かけて・・・

「失われた30年」なんて言われ方をしますが、その前は「バブル」なんて言われ方をする時代。「バブル」は「泡」で実態がないから、そう呼ばれるはず。なのに「失われた」はおかしいですね。矛盾してます。

もともと「なかった」のかも知れません。「信用や信頼」も「正しいや正しくない」も。

何が「正しい」んでしょうか。法律やルールを基にすると、それが「正しい」んでしょうが、道徳や常識のようなものは「正しい」がはっきりしません。

自分自身で「考え、感じ、思い、悩み、迷い」ながら「正しい」を探して行くことしかないように感じます。個人でも、仕事でも、世間でも、世界でも。

その時々で、いろんな色彩があります。憂鬱なブルー、光り輝くイエロー、情熱燃えるレッド、若さ萌える黄緑、燦々と煌めく黄金、清々しい水色、心あたたまる桃色、無垢で純真な白、これが正しいと思っていても、次には間違ったと思ったり、その逆も然り。迷路のようです。

モノクロームな迷路だと、つまらないけど、虹色の迷路だから、楽しくもある。
通り抜けたあとに見返すと、モザイク画のような美しさもあったり、いろんな色彩を放ちながら、「悩み、考え、思い、感じ、迷い」歩んでいけば、素晴らしい「にじい路」になると信じます。

来る年も、素晴らしい「イロドリとキラメキ」があることを祈念して!

迷ってもいつかみつかる、きみのにじい路

人生は物語

大河ドラマもそろそろ終盤の時期。
週1、45分のドラマで、主人公の人生の物語を垣間みることができて、あ〜だこ〜だと言いながら楽むことができていい時代です。もちろん、当の主人公は見ることができないドラマ。本人が見たらどんな感想になるでしょうか。

坂本龍馬は歴史上の偉人で大人気の一人。NHKオンデマンドで、13年越しに「龍馬伝」を見ています。オンタイムでは見ることがありませんでした。

司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を10代の頃から、なん度も何度も読み返していた龍馬ファンなので、勝手に描くイメージと異なる姿を見たくなかった(笑)

インターネットで気軽に見ることができていい時代です。龍馬さんに「もっと早く見ろよ」と言われそうです。もちろん高知弁で(笑)

偉人だけでなく、私たち「フツウ」の人にもそれぞれ物語があります。産まれてからこの時まで。今この時からこの命が尽きるまで。

それぞれの、いろいろな物語が交差し、出会いと別れがあり、物語の相乗効果、コラボレーション、掛け算があり、角度を変えるとまた楽しめる物語が生まれます。無限ですね。オンデマンドで見たくても見る時間がありません(笑)

限りが無いけど、限り有る時なので、ネガティブ、マイナス、欠点を探すこと、に時間を使うのはモッタイナイ。ポジティブで、プラスで、長所を探すこと、に時間と労力を使いたい。
なかなかスムーズに行きません。偉人ではない「フツウ」人なので・・・それも「我が人生の物語」でしょうか・・・

「なまえことばものがたり(なまえの詞のものがたり)」なるラインナップで、世界でひとつだけの物語作品をつくります。我が人生を振り返る、ポジティブないい時間になるかも知れません。

龍馬さんの誕生月にちなみ、坂本龍馬(さかもとりょうま)作品です。今年もあと少しですが、まだまだ良い「物語」を紡いでいきましょうね!

価値観、価値感、カチカン。

夏はいつですか?いつからいつまで?
夏休み中?暦での立秋まで?梅雨明けから?春が終わったら?グラデーションですね。区切りも感じ方もそれぞれです。人生ずっと夏という方もいるかもしれません(笑)

いろんな「問題」が噴き出ているこの夏、「熱さ」真っ盛り。今に始まったことじゃないのでしょうか。これもグラデーションでしょうか。

水を流すだの、水に流せだの、水が溢れるだの、水が足りないだの、水のように使うだの、水のように消えるだの、「問題」を「水」に例えるのは水は大切なもの、価値あるものだからなんでしょうね。

価値ある「モノ、コト」ってなんでしょうか。お金とか、資産とか、ではなく、「価値感・価値観」のことです。気軽に使う言葉でもありますが、深く考える機会ってないように思います。それはワタクシの「カチカン」かも(笑)

大切な「コト・モノ」ってそれぞれあります。中心、軸、基本、素地、的なことです。
自分自身で判っていると、毎日がハッピーな気がします。食べ物、着るもの、仕事、観るもの、話すこと、「他人、ヒト」の「価値」に合わせても、ハッピーじゃない。

もちろん、人との関わりの中で生活しているので、100%を自分軸だけで生きることはできません。少し擦り合わせながらも、自分の「カチカン」を明確に生きれば、それぞれが「ハッピー、心地良い、平和な」状態になるんじゃないかと。末永く、持続、継続して行けるんじゃないでしょうか。

そのためには、それぞれの「価値感・価値観」があることを分かり、その「カチカン」を押し付けない、押し付け合わないことが、大切なんじゃないかと感じます。
「ワタクシノカチカン」でしょうか。押し付けないようにしないと・・・禅問答のようです(笑)

では、心地よい時季(とき)となりますように!

ミニ・ウォール 岡本太郎さんに尊敬の念を込めて・SDGsのえがお